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2010年バックナンバー

価値と価値観

配信日:2010年

先日、新潟のクライアントさんでの勉強会に参加させていただき「歴史的建造物の保存活用と価値観の変化」と題して伊藤純一さん(伊藤純一アトリエ代表)の講義を拝聴しました。伊藤さんは新潟市内の歴史的建造物、大正・昭和初期の料亭、茶屋、置屋などを概観はそのままにレストランや美術館などに改装して保存するというお仕事をされています。

日本酒のクライアントさんでこのような話を聞くのはちょっと意外に思うかもしれませんが「歴史的遺産を継承する」という視点では建築物も日本酒(国酒)も同レベルの話だと私は理解しています。

お話を伺いながら私は東京・丸の内の東京中央郵便局の保存問題を思い出していました。記憶にある方もいらっしゃると思います。09年の2月、民営化された日本郵政グループが再整備として高層ビルに建て替えるという構想に対して、当時の河村たかし衆議院議員が批判したというもの。当時の鳩山邦夫総務相が一部、破壊された壁を「まるで朱鷺(トキ)を焼き鳥にして食べるようなものだ」と猛烈な勢いで怒っているのが印象的でした。

考えてみれば、歴史的建造物を壊して最新のビルを建てるというのは、民営化を象徴する小泉・竹中時代の価値観であり、中央郵便局はその犠牲になりかけたということです。そこに気づいた人達から一種の「揺り戻し」として保存するという意見がでた。これはアンチ・テーゼであり、同時にこちらも一種の価値観だといえます。

古い話ですが、明治新政府による廃仏毀釈運動も同じ傾向がありました。明治新政府によって出された神仏分離令、大教宣布によって国教は神道であり、仏教を締め出そうとする運動です。これによって全国の仏像・仏具などの破壊が進行し、同時に日本の仏教美術品が海外に安く買い叩かれ大量に流出しました。現在、国宝に指定されている興福寺の五重塔は2円(現在の価値で約5万円)で売りに出され薪にされようとしていました。明治4年ごろにはこの運動も沈静化したのですが、その陰には「日本の一部でもある仏教を保護しよう」という価値観があったのです。

マーケティングでも例えば自動車の業界でロングセラー・ブランド、フォルクスワーゲンやMINI、フィアット500などがリニューアルして人気があるのも歴史的遺産を継承している活動のように見えなくもありません。

考えてみれば「モノの価値」というのは普遍的なものだと思います。特に建築物や美術品など「デザインの価値」というのは永久的に存在するのだろうと思います。しかしそれを評価する「価値観」は時代とともに変化する。あるいは企業のマーケティングによって変化させられるものなのかもしれません。

何でも「最新」が良かった時代には「買い替え」が当然でしたが、今のように「長く使う」ことが価値観の時代にはむしろ逆の考え方が生まれます。フェラーリだって昔から変わらないスタイルですが、今のようにエコロジーを意識する時代には「あんなガソリンをばら撒いて走る車はかっこ悪い」となるわけです。

今回の伊藤さんの話を聞いていて思ったのは、「価値は不変だが価値観は変わる」ということです。そしてマーケッターに出来ることは「現在の価値観を変える提案をし続ける」ということかもしれません。ただ単に「良いもの(価値あるもの)」を創るのではなく、見慣れたものであっても「価値観」を変化させるコミュニケーションを作ることによってブランドの業績を改善させることができるということです。

同時に「価値を壊してしまうことはとても簡単だ」とも思いました。中央郵便局や廃仏毀釈運動ではないですが、時間が作り上げてきたものを壊してしまうことはすぐにできる。しかしそれを復活させるのは到底無理です。

15年ほど前に初めてローマに行った時、空港からテルミナ駅に向って電車で走っていると突然、ローマ時代の石造りの建物が線路脇に出現して非常に驚いたのを憶えています。考えてみれば2000年前のものが忽然と現れる。日本で言えば弥生時代の高床式倉庫が線路脇にあるような感覚でしょうか。日本ではちょっと考えられない光景です。ヨーロッパ人と日本人の「時間の創造物」に関するセンスの違いを感じました。

聞いたところによると、近々東銀座の歌舞伎座も改築工事をするようですが、これもどうなることやら。ヨーロッパ人のセンスでいえば「何故、そんなことをするのか?」というのが本音ではないでしょうか?