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カジノの合法化に思うこと

配信日:2011年

震災復興の資金源にするためにカジノを合法化し仙台に誘致しようという案があることを知りました。

『日本でのカジノ合法化を目指す超党派の「国際観光産業振興議員連盟(カジノ議連)」(古賀一成会長)が、東日本大震災の復興計画の一つとしてカジノの施行を位置づけ、収益金も復興財源とする方針であることが16日、分かった。(中略)カジノから国や地方自治体に入る収益金については、震災復興の財源に活用すべきだとの方向で一致した。』(産経ニュース/6月17日)

「震災復興だけではなく、今、日本はお金が必要だ。そのために非合法も合法化するのは仕方ないことだ」ということなのでしょう。いかにも打ち出の小槌的な、合理的な考え方に見えますが、本当にそういうことで良いのかと胡散臭く思うのは私だけではないでしょう。

「何をやるか(DOING)」は「どういう自分でありたいか(BEING)」が根底にあるはずで、お金のために非合法を合法化することを是とする「あり方」を、少なくとも私は好きになれません。

また、例えば大麻や売春はダメだが、カジノくらいならOKというのはどういう理屈だろうかと考えてしまいますね。そもそも正しくないことが時と場合によって正当化されるとすれば「正しさなど所詮は一時的な価値観でしかない」とあらためて思います。

「人殺しは悪いことだ」と言いながら死刑制度があるのは「そういう状況だから」人を殺すことも許される(正当化される)のです。日本ではドラッグやマリファナは違法ですが、海外に行けばそうではなくなる(正当化される)。タバコは明らかに体に悪いと分かっているのに大事な税収源だから合法である(正当化されている)。中世のヨーロッパでは魔女狩りという、我々の想像を超えることが行なわれていましたが、これも当時では社会的正義(正しいこと)だったのでしょう。

一体、本当のところ、正しいとは何で正しくないとは何なのか?タバコの話は理解しやすいと思いますが、ここには当然、お金と利益が絡んでいます。すると正しさとはお金によってすら左右されるものなのか?

もちろん震災復興の財源にするというのもそうですが、諸外国でのカジノからの収益を見て日本も乗らなければ観光客誘致の点からも機会ロスに繋がるという思惑もあるに違いありません。国際観光産業振興議員連盟がこの話で盛り上がっていることからも間違いありません。お金のためなら非合法も合法になるとしたら情けないものがあります。また本当の目的が震災復興以外にあるとしたら、震災復興は合理的な理由付けに使われるわけで、腹立たしさすら感じます。

同じようなことは増税にも言えると思います。
復興のために増税をすることについて、多くの日本人は「仕方ないことだ」という理解を示しているようです。私もそんな一人です。しかし震災発生後に多額の義援金が集まった状況を考えると、本来は増税などしなくても国民は自主的にお金を払うのだと理解できます。特に孫さんを始め、多くの企業が多額の義援金を払っている様子は、日本にもノブレス・オブリージュ(高貴なるものの務め)の思想が根付く良い傾向だと思います。国民は国のためにお金を払いたくないわけではないのです。

逆に言えば、税金というシステムも今では政府にとっての既得権にほかならず、震災復興の財源確保という御旗のもとに利用されようとしているのかもしれません。そういう意味ではカジノの合法化案も増税案も同じ構造が見て取れます。

すべて政治が悪いというつもりはないですが、あらためて「政治とは現実的な技術」なのだと思います。つまり政治とは権力を持つ者が「自分の利益は国民の利益だ」と納得させる方法なのだと思います。

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