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本当に知るとはどういうことか?

配信日:2011年

弊社アシスタントの中島がゴールデンウィーク中に実家のある仙台に帰った折、被災地でボランティアをしてきました。ご家族も健在です。電気、水道、ガスなどのライフラインは一時止まったものの、大きな被害もなく大丈夫だと聞いています。

お父様はすでに引退されていますが、かつて建設会社で土木技師をされていて、かつ環境会社で顧問も務めた関係で瓦礫撤去の指導要請があり、被災地で陣頭指揮を取っていらっしゃるとのこと。そのような関係もあり、本人もボランティアとして志願したのです。

岩沼市にある高橋さんというお宅のビニールハウスに詰まった泥、瓦礫を撤去する作業をしました。ビニールハウスなのに泥をかき出せばかき出すほど、洋服や書類、写真、イカ、マンガ、ステンレス製のボウルなど支離滅裂なものが出土して大変だったと聞きました。そうだろうなと思いました。そうした映像はテレビでもネットでも毎日のように見ています。

「しかしテレビの報道なんてごく一部ですよ」一体どういうことなのか?

「それは臭いです。街全体が潮の臭いと、埃と、生魚が腐ったような臭いです。もしかしたら遺体の臭いも混じっているのかもしれません。テレビでは絶対に伝わらないリアリティってこういうものだと思います。」

「わけあってご遺体の写真も見たのですが、壮絶ですよ。身元が分かれば良いのですが・・・。」

それ以外にもテレビでは絶対に報道されない、しかし現実に起きていることへの憤りを話してくれました。私は思わず唸ってしまいました。被災地の状況は毎日のようにニュースで流れ、私は東京に居ながらにしてかなり正確に知っているつもりでした。しかし本当のリアリティは何一つ理解していなかったわけです。「事件は現場で起きているんだ」という青島刑事の言葉をふと思い出しました。

そしてこれは経営の現場でも起こることだと思いました。経営者やマーケッターにとって「現場を知る」というのは基本だと思いますが、そもそも「知る」とはどういうことなのか?どこまで「知った」らOKなのか?

実際に被災地での「臭い」や「空気感」などを考えても、どうやら「知る」とは「体験する」ことに近いのではないかと思います。どんなに詳しく調べても、実際に体験してみるまでは机上の空論なのかもしれません。そこにあるのはリアリティを構成する「壮絶感」や「常識外」かもしれません。

これをマーケティングの実務に置き換えてみると、例えば消費者インサイトというのは「実際に消費者として生活してみないと、本当の意味での消費者インサイトは難しい」となります。確かに、いかに消費者の気持ちになるかがインサイトの基本で、そのためにはデータを眺めているよりも実際に商品を使ってみて、その感覚を大事にすることが重要だということも多いものです。

私はこれを「イタコ化」と呼んでいます。橋幸夫(潮来の伊太郎)ではなく、青森・恐山のイタコです。霊が憑依して、霊の言葉を翻訳し、霊に代わって語る仕事。

あたかもイタコのように消費者が憑依して消費者の言葉を翻訳し、消費者に代わって商品について語るレベルになって初めて、本来的な意味でのマーケット・インは完了するのかもしれません。

ちなみにアシスタントの中島は、現在、ボランティアを通じて体験した話をレポートにまとめている最中です。ブラ研の方々には近日中に「ブラ研レポート」のおまけとして報告する予定になっていますのでお楽しみに。

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