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不利やハンディは本当の姿だろうか

配信日:2011年

先日、クライアントさんでのコンサルティング・セッションで珍しくプロジェクト・チームの方々がディスカレッジ(やる気を損なう)する場面がありました。

新製品開発のプロジェクトなのですが、原因はスケジュールの変更を要求するメンバーに対して事務局がプロジェクトの期日を厳守すると言ったことでした。

実は、既に一度、プロジェクト全体のスケジュールを見直している経緯があるのです。よって事務局としては易々と何度も変更するべきではないという意図が働きました。一方でメンバー側は(特に開発部から参加している人たちは)そのやりとりから「もうこれ以上話しても無駄なんじゃないか」との結論に至ったわけです。

事務局長から後日、連絡を頂きました。「このようなディスカレッジした状況をどのように切り抜けたら良いか」です。このままではプロジェクトが頓挫しかねない、とまでは思っていないのですが、気まずさのなかで今後、どのように舵を取ったらよいかという相談です。

実はこのような困難な状況(不利な状況)というのはチーム・マネジメントをしていく上ではチャンスですらあります。メンバーの気持ちが離れているのは自分たちの意見が聞き届けられないから、理屈で言い負かされてしまうからです。これを「学習された諦め」と言います。人間は何を言っても(どれほど努力しても)聞き届けられないと「何を言っても無駄なのだ」と悟り、それ以上は何も言わなくなるものです。

ちょっと気持ち悪い例ですが、ナチス・ドイツによって収容所に連れていかれるユダヤ人は、さしたる抵抗をしなかったと言います。それは一種の学習された諦めだったに違いありません。

何故、これがチャンスかと言うと、彼らの言い分を十分に聴き、納得出来る妥協点を一緒に模索する過程を持つことで、今まで以上のプロジェクトへのコミットメントを引き出すことが出来るからです。これを傾聴力と言っても良いかもしれません。

このような不利な状況ですら、実は「持っているものを数える」ことによってプラスに転じることが出来ます。不利な状況を「持っている」というのは必ずしも負債を負っているわけではないという意味です。

不利な状況を克服するのではなく、不利な状況をレバレッジにして状況を好転させる。一体、不利とは真実の姿なのでしょうか?実は「不利である」という先入観や決め込みが、状況を不利にしているのかもしれません。

あるアメリカ人の少年の話です。この少年は生まれつき耳が聴こえない病気を持っていました。両親はこの子の将来を危惧しました。普通に考えればハンディキャップを負った人生であり、普通の教育を受けさせることも普通の生活をさせることも不可能と考えるものです。

しかし父親はそうは考えませんでした。「この子は聴力がないけれど、それ自体が資産でもある。」そうやって子供に言い続けました。そして子供もそれを信じて大人になりました。やがて補聴器が世の中に出た時、彼は音のない世界から解放されました。

『ちょうどその時、あるインスピレーションが浮かんだ。そのインスピレーションこそが彼の障害を財産に変えるきっかけとなった。そのインスピレーションとは、耳の聞こえないまま一生を過ごさなければならない何百万人もの人々に、自分の体験を伝える事が出来れば富と幸福を与えることができるというものだ。こうして彼は1ヶ月間、補聴器のマーケティングを徹底的に行なった。そして自分の調査結果に基づいて入念な2ヵ年計画をメーカーに提出するとメーカーは直ちにそれを実行するための役職に就かせることを決めた。』(思考は現実化する/ナポレオン・ヒル著・きこ書房)

この少年の父親とは著者のナポレオン・ヒル本人です。ハンディを実際に負っている方々には失礼な言い方になるかもしれませんが、ハンディですら自分の資産になることが読み取れます。一見、負債に見えるものですら解釈によっては資産になる好例だと思われます。ら、相当の危機感を感じていらっしゃったに違いありません。この方の入社自体、この会社さんにとっては必然的な「見直し時期のサイン」に違いありません。

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