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もし分かるとしたら、どう答えるか?

配信日:2012年10月17日

日曜日に子供と夕食をとりながら尖閣問題について話しました。「今、日本と中国は尖閣のことで仲が悪い。お互いに尖閣は自分の領土だと言って譲らない。君たちはどう思う?」

すると14歳の息子が言いました。「日本人と中国人では領土の考え方が違うんじゃないの?日本人は国際的な感覚で日本領かどうかを考えるけど、中国人はもともと中華思想だから世界中、どこでも中国だと思っている。世界中が中国領でその中心に位置するのが今の中国だと信じ込んでいる。だから話し合いにならない」

つまり、話し合いの前提が食い違っているということでしょうか。確かにそういう見方もありますね。多分、最近学校で中華思想のことを勉強したのでしょう。前提を疑うなど、なかなか立派なことを言うようになったなぁと思っていると、10歳の娘が言いました。「簡単だよ。お隣さんだから仲が悪いんだよ」

あまりにも簡単な見方で、うん、そんな見方も良いかもと思いました。確かに隣国との関係とはそういうものかもしれません。面白いのは、娘は難しいことなど何も知らず、ただ自分の生活感覚のなかで答えていることです。

たまにこうして、子供と社会情勢やちょっと難しめのニュースについて話してみるのは良いものです。そして私が続けました。「日本はどうしたらいいと思う?」「わからない」「わかるわけないじゃん」「わかるとしたら、どうしたらいいと思う?」

息子が言いました。「うーん、尖閣をどうするかよりも漁業権や石油のことをもっと考えるほうが良くね?」「じゃあ尖閣は?」「無人島だし、オレ、あんまり興味ない」なるほど。娘が言いました。「どっちが尖閣に近いか距離を測って、近い方がとればいいんじゃん?」言っていることが正しいかどうかはともかくとして、答えようとして答えてみると答えられるものなのですね。話はさらに続いて「戦争」「憲法改正」「自衛隊から軍隊へ」「徴兵制」などを取り留めもなく発展しました。

子どもと話していて思ったのは、こちらが答えを教える(または自分の考えを教える)ことはあまり子供のためにならないのでは、と。そもそも私も答えなど知りません。だからもし私が何かを教えるとしたら、それは私の考えを押し付けることになる。仮に知っていたとしても、子供の場合、まず興味を持って聞かないですから、教える・教わるという関係性が成立しません。

一方で「質問して強制的に考えさせる」というスタイルだと、子供は子供なりに考えて答えを口にする。これが実は学びへの興味を引き出す方法ではないでしょうか。「もしわかるとしたら、どう答える?」というのは思考を開始させるエンジンのような問いかけなのです。

私はこちらの質問に対して子供がどんな考えを持っても良いと思っています。息子が中国人は世界中が中国だと思っていると言い切るのも悪くありません。しかし自分なりの考えを持ってしゃべるのは良いことだなぁと思っています。大人の会話でも同じことがあるように思います。特にウェブを検索すればたいていの答えが目の前にザッと示される時代だからこそ「自分で考える」「自分の考えを持つ」というのは価値のあることになっているかもしれません。

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