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学芸会での泣けた話

配信日:2012年12月5日

土曜日は娘の学芸会でした。私は前日の忘年会で二日酔いの頭痛。正直、行くのが億劫でしたが、子供が親に見せようと思って練習したことを考えると這ってでも行くべきだと思いました。イブ(頭痛薬)を3錠のんで出かけました。

会場の体育館では昔懐かしい学芸会が始まっていました。私は空いている席に落ち着くとはやく娘の姿だけ見て帰ろうと考えていました。しかし5年生が演じたある作品を見て、二日酔いも吹っ飛びました。

「牙のない狼」という話を知っていますか?ある森にこころの優しい狼がいました。狼はいつも独りでした。森の動物たちと仲良くなりたいと近づくのですが、誰もが怖がって逃げてしまいます。ある時、動物たちに言いました。「僕は危害を加えたりしないから仲間に入れて欲しい」すると動物たちは言いました。「お前のいうことなど信じられるものか」偏見と先入観、猜疑心が動物たちに狼を拒否させていました。

「どうしたら信じてもらえるのか?」狼は尋ねました。「お前が本当に心優しい狼なら牙を抜いてこい。そうしたら信じてやる」動物たちは言いました。「いいとも」狼は岩に自分の牙を打ちつけて抜きました。あまりの激痛に狼は失神しました。動物たちの一部は狼を信じてもいいと思いましたが、発言力の強い動物は「ふん、そんなことくらいで信じられるものか」と拒否し続けました。

ある時、森に一人の人間が入って来ました。戦争で目を負傷した兵士でした。人間は動物たちにとって一番の恐怖です。彼等は逃げました。しかし狼だけは違いました。「この人は怪我をしている。助けなければ」狼は兵士に水を与えました。兵士は言いました。「僕は目が見えない。君は誰なんだ?」狼は自分が狼だというときっと怖がられると思い「僕はひつじだよ」と言いました。それからも狼は兵士を介抱ました。「寒いだろ?おいらの毛皮で温めてあげるよ」

人間と仲良くする狼を見て動物たちが言いました。「その人間を食い殺せ。そうしたら仲間に入れてやる」狼は悲しそうにいいました。「それは出来ない」狼と動物たち、本当の所、どちらが残酷な生き物なのか。そういって食い殺す代わりに兵士の食料を持って帰っていく狼。そんな狼を見て動物たちもこころを開き始めました。

食料を持って帰った狼のところに、兵士を助けようと、兵隊の仲間がやって来ました。兵隊は狼を見て銃で一撃。狼は死にました。負傷した兵士は言いました。「いま何を撃ったのか?」「狼だよ。危ないところだった」「狼?」兵士は倒れている狼を触りました。「やっぱりお前だったのか」兵士は泣きました。それをみて動物たちも泣きました。

どうですか?最近、私は随分涙もろくなって、情けないことにちょっとしたことで直ぐに感涙するのですが、まさか娘の学芸会で泣くとは思いませんでした。

一種の人間社会の風刺でもありました。真実を語る者とそれを拒否する者の存在。狼は自分の真実を語れば語るほど動物たちに拒否されました。しかしそんな狼をみて一部の動物は否応なく狼の真実に惹きつけられて行きました。真実の素晴らしさが人を魅了してしまう瞬間です。それを見て嫉妬し否定する人たちもいます。素直になれない動物たち。狼の優しさを通じて、自分の醜さを見てしまう動物もいました。そんな自分を肯定するには狼を否定し続けることが必要だった。否定しなければ自分の真実が損なわれてしまう。その結果、迫害してしまうのです。しかしそれでもなお真実を語り、最終的にはおだやかに死を受け入れる狼を見て、動物たちはやがて狼を全肯定し愛するようになる。人間であれば時には聖人と呼ぶかもしれません。「真実を拒否した後に、それを愛おしむのが人間なのだ」と思いました。

なにか「フランダースの犬」の主人公ネロに通じるものがありますね。あの話も牙のない狼と同じような社会の縮図があった。久しぶりに見たくなりました。

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