指摘”とは本来、痛いもの。

配信日:2014年2月3日

人間は35歳を過ぎると、「学び、変化する」ことが難しくなるかもしれません。それまでの人生でいろいろ学び、自分なりの視点が確立しているからです。よく「人生は35歳までで決まる」と言います。それまでに確立したモノの見方や考え方によって、35歳以降の人生の質が決まるということなのでしょう。

さて、あるお医者さんの話を聞きました。
40代男性、外科医さんです。その方の恋人は28歳。彼女には一つ、彼(医者)に直してほしいことがありました。

二人でレストランに行き、ワインを注文する時のこと。彼はいつもソムリエと15分もワイン談義をするのでした。料理との相性から、そのワインが作られた地域の環境、ぶどう品種のブレンド比率や、味のイメージ・・・。その間、彼女はそっちのけです。笑

何度も「それを止めてほしい」と言いましたが、一向になおる気配はなし。35歳をすでに過ぎ、わかってはいてもその癖をなおすことができない状態です。それどころか、その話題になると雰囲気があやしくなり、何度かケンカもしたといいます。

そこで彼女は別のアプローチを試みました。直接、「彼の問題」として話すのではなく、「実はこんな人がいる」と、あくまでも「彼以外の人の問題」として話すようにしたのです。

「友人のM子がね、彼にパソコンを選んでもらおうとお店に行ったんだけど、彼はIT企業につとめているから、すごく詳しいのよ。それで、いつの間にか店員さんとのパソコン談義が始まってしまって、結局、買い物をするまでに3時間もかかったらしいわ。ずっとIT用語で盛り上がっていたんだって。その間、M子はほったらかしだったと怒っていた。どう思う?」

「それは彼が悪いな。目的をはき違えているよね。M子ちゃんもかわいそうだ。あはは」そんな話をしながら、彼はやがて神妙な顔になっていくのでした。笑

結果から言うと、彼のワイン談義癖はなおったのです。彼女の作戦勝ちでした。人は自分で「これはやばい」と気づいたときに本当に変わるのでしょうね。

35歳を過ぎた人が「なおせ」と言われて、素直になおせるのはすごい。モノの見方が固まると、自分に理解できることしか、理解しようとしなくなりますし、何よりも自分の悪いところを人からアドバイスされることを痛みに感じます。

ここでは敢えて「アドバイス」と言わず「指摘」という言葉を使ってみましょう。その真意を感じてもらえるはずです。自分の出来てないことを人から指摘されると、時にはその指摘した人物に対して怒りや敵意すら感じることがあります。指摘とは本来、痛いものであって、当人の了解なしに行ってはいけないものなのでしょう。

しかし、それでもその人に変わってほしいと願うのであれば、28歳の彼女がとった戦略はいいかもしれません。あくまでも他人事として話すことで、その人も広い心で聞くことができますし、なによりも良かれと思ってする指摘が良い方向に働くようです。

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