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新人著者の方々が本を出せた理由とは

配信日:2015年2月5日

先日、同文館出版の「著者の会」メンバーの方々と新年会をしていてこんなテーマになりました。「人生とは喩えると一体どのようなものか」

ある方は「人生とは戦いである」とおっしゃり、別の方は「人生とは仕事そのものだ」とおっしゃる。また別の方は「人生とは継続すること」ともおっしゃりました。「継続」という言葉はブランディングでも使う言葉ですし、これまで著者デビューを果たした方々を見ていても感じるところがありました。

「継続」の重要性については、いまさら特に説明もいらないでしょう。しかし実際に継続を実行しているかどうかは別の話です。せっかく始めた良い習慣なのに、すぐに止めてしまうことは少なくありません。いや私自身への懺悔でもあるのです。

マーケティングにおいても、せっかくうまくいく方法を得たのに、2年も行うと「そろそろ別のことをやろう」となる。または担当者が変わると「前任者とは別のことをやろう」となる。「常に新しいことをしなければならない」という価値観は大事ですが、これでは本当に強いブランドや製品を生み出すことは難しいかもしれません。

私が日頃お付き合いする書籍出版を希望される方々も同じで、最終的にちゃんと出版される方は執筆能力以上に「ねばり」「根気」が優っている方々です。逆にダメなのは、例えば編集長からちょっと言われると、直ぐに諦める(またはふてくされてしまう)傾向があります。痛い指摘をもらっても企画を出し続ける人は、それが出版までの通過儀礼だということを良く知っているように思います。何にせよ、書くのを止めてしまったら、当然ですが出版は出来ません。本当に本を出したいのなら、それは決定的に避けなければならないことです。(この飲み会が「著者の会」だったので、こんな話にもなったわけです。)

私が考える「人生を喩えると」は「人生とは散らかった部屋のようなもの」です。つまりその時にいたバーのように、同じ時間、同じ空間にいても、人によってはバーテンダーの背中にある酒瓶に視線を向ける人もいれば、もう帰ろうとしてスツールの後ろのハンガーからコートを取ろうとする(コートに視点を向ける)人もいる。

要するに同じ時間の同じ空間に存在しても、何に視点を当てるかによって見ている世界が変わるわけで、その見ている世界こそが人生ではないかと思うわけです。「酒瓶を眺める人生がいいか、暗がりにあるコートを探す人生がいいか」。同じ瞬間にそれぞれの人生があります。それを私は「散らかった部屋」と呼びました。散らかった部屋は「可能性の部屋」でもあります。美しいものからおぞましいものまで、散らかっています。何に視点を合せるかはその人次第。可能性を生み出すのは視点を合せることに他なりません。

晴れて新人著者になった方々は「必ず書ける」「必ず出版できる」という可能性に視点を合わせた方々です。見習うべきは「ねばり」の他にもありました。私たちもどうせなら「良いこと」「楽しいこと」「良い結果」「素晴らしい結果」に視点を合わせたいものですね。これが人生を楽しく生きるコツだと思っています。

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