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舛添都知事もパナマ文書も同じ問題である。

配信日:2016年06月08日

いま、世間では毎月のようにスキャンダラスな問題が暴露され、そのたびに誰かが社会的バッシングを受けるようになっているようです。本当はどうでもいい話題も多い。知る必要のないことまで知ってどうのこうの言うこと自体、私はまったく好きではないのですが、時々考えさせられることもあります。

今回の舛添さんの公私混同もその一つです。これについていまさら申し上げることはなく、私も都民として情けなく思っています。また「他人の金(税金)であれば豪遊する」という発想はいかにも寒々しく、「違法性はない」という言い訳は恥ずかしさすら感じます。

この「違法性はないがやっていいことと悪いことがある」または「違法性はないが、そんな自分を誇れるのか」が今回の学びです。同じことはパナマ文書にも言えます。違法性はないのだから堂々と税金逃れをすればよい。私にとっては、舛添さんの話もパナマ文書の話も同じ文脈で読み解くことが出来ます。ここには「自分さえよければそれでいい」という考え方があります。

「自分さえよければそれでいい」そんなマインドでどうして自分を誇れるだろうか?特にお金に関してはこの傾向が強いようで、実際に私の周りでもそのようなマインドで仕事をしていて首が回らなくなった人たちもいました。たいていは逃げるように消えていき、それをいつまでも改めないので誰も相手にしなくなる悪循環です。

おそらくビジネスで「自分さえよければ」は鬼門で、逆に「あなたもよくなければ本当の成功ではない」という人のところに豊かさや喜びは集まるのです。だからこれは精神論というよりも現実的な成功の前提ではないかなぁ。

私が独立した頃、親しくしている広告会社の社長が言っていた言葉があります。「うちはどんなに厳しくても必ず税金は払うことにしている。微々たる額であってもそうする」。この言葉が私は好きで、以来、私の会社も税理士の先生にはこのようなスタンスで税務のお願いしています。

もっとお金が欲しければ、もっと人のためにお金を使い、その人をお金持ちにしてあげること。もっと豊かになりたければ、もっと人を豊かにしてあげること。真に豊かな者とは他人を豊かにするひとです。同様に真の幸せ者とは他人を幸せにするひとです。これこそが自分が豊かな幸せ者でいられる唯一の道なのだと思っています。

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