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2018年バックナンバー

総踊りとニューコーク

配信日:2018年08月15日

徳島の「総踊り中止」騒動、久しぶりに「消費者不在」という言葉を思い出しました。きっと私だけではないでしょう。観客と連のひとたちはやりたがっているのに市長と実行委員会が中止をいう。中止の理由は4億円の累積赤字だと聞きました。累積赤字をどうにかするのは、もちろん良いことです。ここまではよい。経営的に正しい。しかしそのアクションプランがまずかった。そもそもメインイベントである総踊りを中止するのは、なによりも総踊りの歴史や、それこそブランドと顧客の関係性をまったく無視した決定で、これではどれほど権力者がモノ申しても世間は納得しないわけです。

それにちょっと考えてみれば、これを中止したらビジネス的(4億円問題的)にもうまくいかないことは容易に想像がつくと思うのですが、そうではなかったのか。喩えてみれば店のなかの最大の売れ筋を排除するようなもの。「店の売上が悪いのは売れ筋に集中し過ぎているからだ。よって売れ筋をやめて、売れていない商品をもっと前面に出せ」。明らかに拙いやり方です。

かなり昔のマーケティング寓話ですが、コカ・コーラ社の「ニューコーク」の事件も思い出しました。あれも消費者不在だった。それまでコークに愛着を持っていたロイヤルユーザーは猛反発。コカ・コーラ社はほどなくしてニューコークを葬り去り、かつてのコークをクラシックと称して再発売せざるを得ませんでした。総踊り中止の決定とそれに反発する振興会、1500人の踊り手、圧倒的マスの観客との成り行きにそっくりです。

どうして(売り手側は)こういう決定になるのか、私が一番理解できないのはここです。政治家や役人のマーケティングセンスの問題はともかく、ニューコークはれっきとしたマーケティング・カンパニーの仕事、でもこれが起こる。以前、ニューコークのディレクションをしたセルジオ・ジーマン氏の本を読みました。タイトルは「そんなマーケティングなら、やめてしまえ(セルジオ・ジーマン著/ダイヤモンド社)」。この本のなかでジーマンは「ニューコークは成功だった。なぜならこれによってコークと消費者の関係性が更に改善された」「あれは想定内だった」というようなことを述べています。私は「なぜそのような暴力的なアプローチをとるのか」と単純に疑問に思った覚えです。

あまり総踊りについてとやかく分析的に述べるつもりもないですが、今後、市長や実行委員会がどのように出てくるかは興味深いものがあります。ただひとつ言えることは、ニューコークは失敗だったと、ジーマンはともかく、コカ・コーラ社は謙虚に認めていることです。総踊り問題も市長や実行委員にそのような謙虚さがあれば、今回のことも良き糧となって未来に繋がっていくのではないかと思います。ブランドであろうとひとがやることは間違う可能性がいつもある。私たちはそうやって賢くなっていくのです。