伝統産業のブランディング

配信日:2011年

先日、作家の佐々木大先生と食事をした際、奥様が和装でご一緒されました。
着物も最近は見慣れないので、なかなか良いものだなと思いました。聞くと、ご自身も着物関係の仕事をされているとのこと。まさしく歩く広告塔でもいらっしゃいます。

そういえば9月に新潟県十日町市で講演を行った時も着物姿の方が数名いらっしゃいました。十日町市の地場産業は織物で、最盛期には県内外から出稼ぎの若い女性が街中に溢れていたと言います。

「今では和装もすっかり下火で廃業してしまった老舗も少なくありません」と参加者の一人の方から伺いました。

現代の日本人で着物をきたことのある人はどれくらいいるでしょうか?
私も着物を持っていません。一着くらいあっても良さそうなものです。そこでいくつか質問をしました。「着物は暑くありませんか?」「暑いです」「着るのは難しくありませんか?」「簡単ではありませんが、慣れの問題です」「着るのに何分くらいかかりますか?」「10分少々です」「値段はどれくらいですか?」「男性用だと50万円くらいします」・・・。

うーん、かなりハードルが高いようです(笑)。
何でも手軽で便利で経済的なものが良いとは思いませんが、正直なところ、ちょっと手を出しにくい条件が揃いすぎているなと思いました。

「着物は現代では落ち目だし、誰も必要としていないんです」と嘆いていらっしゃいました。本当にそうかどうかは別にして、まさしく多くの伝統産業が直面しているブランディング上の問題だと思います。

世の中を見回した時、伝統産業の製品というのは「実用品としての価値よりも芸術品としての価値」が買われる理由になっているように思います。(もし私が着物を新調するとしたら、それは芸術品を買う感覚です。)

例えば絵画はその典型だと思います。
かつて絵画、特に人物画はその人の肖像を記録するのが目的でした。特に顧客だったのは世の中の支配階級の人たち。しかし江戸末期から写真術が入るようになり、人物画は肖像写真にとって代わるようになります。「高価でない肖像画」を求められたことがきっかけでした。例えば坂本龍馬の肖像写真は日本で最も有名なものの一つかもしれません。

その一方で、手描きによる人物画は「人物の肖像を記録する」という実用性以上に、芸術品としての性格を帯びてきました。今、肖像画を注文すると1枚、10万円から100万円ほどのコストがかかります。

実用品は安価であることが重要ですが、そのようなものも芸術品になると高価であることが当たり前になるようです。

友人であり製餡会社の経営者でもある松井洋さんによると、最近、海外で「金太郎飴」が芸術品としてウケているとのこと。

やはり伝統産業のお菓子であり、日本ではお祭りの縁日ですら見かけなくなりました。しかし、あのようなどこで切っても誰が切っても同じ顔が出るキャンディというのは海外では他に例がなく、まさしく日本人の繊細な職人技の賜物なわけです。

台東区根岸にある金太郎飴の老舗、金太郎飴本店のホームページを見ますと、長さ30cmの金太郎飴は525円。実用品としては決して安価ではないと思いますが如何でしょうか?

このように考えると、伝統産業のブランディングとは「自らの商品を過去の実用品と見なすか、または現代の芸術品と捉えるか」によって見方がまるで変わるように思います。

「衰退産業の生き残り」と考えると自然と値段も安くなってしまうでしょう。一方で芸術品と捉えると、商品に対するこだわりや思い入れ、自らへのプライドも強くなり高価格であることが必然的に思えるかもしれません。

考えてみれば、ルイ・ヴィトンも伝統産業の出身です。ご存知のように元々は旅行のために開発されたトランク(衣装箱)を専門にしていました。当時(19世紀後半)は貴族による馬車の旅が中心でした。馬車に積み込むトランクこそが彼らの商品でした。やがて旅の形態は列車になり客船になり、ルイ・ヴィトンの製品もそれに合わせて形を変えてきました。

現在でも旅行鞄はあります。しかしルイ・ヴィトンが現在も魅力的なブランドとして存在し続ける一つの理由は、単なる環境与件に合わせた機能の進化のみでない製品、つまり彼らが自分たちの商品を「芸術品」と考えていることにあると、私は思っています。

「伝統は革新の連続である」
「新しいことを変わらぬ心で。変わらぬことを新しい心で」

これは羊羹の「とらや」のブランディングのモットーですが、伝統産業のブランディングにおけるモットーとも言えます。いや、確立されたブランドを持つ企業ならどこでも通用するものでしょう。更に一つ加えるなら「芸術品としての自覚を持って」という一文を入れたいと思います。

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