先日、メンターに叱られました。

配信日:2013年12月16日

私は出張してもほとんど泊まることをしません。そんな私をみて、「せっかく遠くまでいくのだから、地元のものを食べたりして、もっとゆっくり過ごせばいいのに」と周囲から言われます。しかしそういう発想がありません。我ながらつまらない人間だと思います。

まず、旅行ではないので、そんな気分にならないということ。次の日も仕事があるから、早く自宅に帰り、早く寝てしまいたいということ。そもそもホテルに泊まるのが好きではないこと。仮に飛行機で行くような場所でも、大抵は日帰りです。そしてなによりも、無駄に遊ぶ時間がもったいないと感じるのです。

そんなふうなので、手帳も「あいている時間」があれば、躊躇なく予定を入れていきます。なぜでしょうか、あまり時間が残されていないと、どこかで思います。

人間には、一生涯に使える時間というものがあります。その時間は人によってそれぞれですが、その時間を長いと思うか、短いと思うかも人によります。長く生きる人生が良い人生なのか、これも解釈は様々でしょう。私は「濃い人生」を生きたいと思います。

そんな私を見て、先日、メンターから叱られました。「本当の濃さをわかっていない。自分を安売りするのはやめなさい」私はぽかんとして聞きました。

「君は“みんな”を引き上げたいと思っているだろ?それはそれでよいが、君自身のことを考えたら、もっと難しくて大きな仕事に時間を使うべきだ。もっと自分の能力を高く見ること。人間は往々にして、小さい自分でいることに甘んじる傾向がある。もし自分の能力を公平に見ることができれば、“みんな”を助けるような働き方はしないだろう。“みんな”のなかには、アドバイスをしても、ついてこれない人も含まれている。その人にとっては、まだ時(とき)じゃないのだ。君はそんな時に徒労感を覚えている。(酒が増えるのもそんな時だ。)これが時間の安売りであり、能力の安売りだ。人を見て仕事をするべきだ。みんなを引き上げなくていい。アドバイスをするくらいはいいが、深入りする必要はない。その代わりに、これはつらい、これは難しいと言えるような仕事に、もっと時間と能力を使いなさい」

「濃い人生」の意味が変わった瞬間でした。メンターとは有り難い存在で、またしても私のなかのパラダイムが変わった瞬間でした。そして続けました。

「結局は、自己愛の問題でもある。みんなのことを考えてばかりいて、自分のことをほったらかしにしている。自分の内なる感情や欲求は、もっと大きなことを求めているのに、それを無視している。自分自身の気持ちが固まってしまって、落ちたまま上がってこない。そんな生き方は、本当の自分を愛していないのと同じなのだ。自分を愛せなくて、どうして他人を愛せるのか?」

こういう話をしてもらったことに、大変感謝しています。そしてもっと「自分を見る訓練」をしようと思いました。最後にメンターが言いました。「愛の概念を進化させなさい。多くの人は他人を愛することが愛だと考えるが、本当は自分を愛することこそ、それ以上に大事なことなのだよ」

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