勤勉であること

配信日:2014年12月10日

日曜日の夕食どき、子供といろいろな話をします。先日もそうでした。娘が受験を控えていて、いまは毎日のように勉強、勉強なのですが一向に点数が伸びません。いまいちコツがわからないのか、本人も悩んでいるようです。

しかし暗くなっていないことが救いです。冗談を言う余裕もあります。この前も「トトロの都市伝説」の話をしていました。それにしても客観的に見ていて、本当に頑張っていると思います。土日は終日勉強して、平日でも学校が終わってから塾に通い、時には遠足の後でも疲れた体に鞭打って塾に通い・・・本当に頑張っているなぁと感心します。

それでもなかなか点数が伸びない。もうこれは親のせいとしか言いようがなく、只々申し訳なさでいっぱいになります。

正直に言うと、受験はダメならダメでいいのです。私自身、これまでを振り返って試験の点数が良かったわけではなく、それで人生がどうなったかもあまり関係がありません。むしろいつも一生懸命に取り組むことのほうが、よっぽど成果があったと思います。今回の受験も子供が「やりたい」というからやっているのであって、合格以上に「やらなかったことで後悔しないこと」が大事です。

先日の日曜日はそのようなこと、つまり「受験の真の意味」について子供と話しました。「いま、本当によく頑張っていると思う。偏差値はあいかわらずだけど、お父さんはそれでいいと思っているよ」「・・・」子供はちょっと申し訳なさそうでした。おそらく「親は諦めている」とでも思ったのでしょう。

「受験というのは勤勉であることを学ぶ訓練のようなものだよ。大人になって、立派な仕事をするのに大事なことは勤勉であることだと思う。それを子供のうちに体験するのが受験だ。大人になる前に、人の何倍も真面目に取り組むこと。ど根性で取り組むことを学ぶ場だ。どんなに頭が良くても、勤勉さがなければ何者にもなれない。逆に勤勉であれば、その上、自分の得意なことを仕事にできれば、成功は間違いなしだよ」

「勤勉であるのは挑戦しつづけることでもある。受験だけじゃない。例えば、これまでの小学校生活を振り返ると、体育祭では鼓笛隊の指揮者に立候補して落とされ、リレーの選手も落とされ、学級委員の選挙では4年生から立候補し続けているのにいつもなれず、学芸会では毎年、主人公に立候補しているのにいつも脇役で・・・。学校の先生すらも可哀想だと思っている。それでもめげずに立候補しつづけている。“はい”とまっすぐに手を挙げてきた。どんなに否定されても落選しても、めげずに前向きに手を挙げることが大事なんだよ」

「点数が伸びなくてもいい。もういまのままで充分だとおもう。今回の受験勉強で、君がやっぱりそういう性質を備えていることがわかって嬉しい」私は本心を語りました。子供は、親がそんな話をするのはなにか裏があるのではないかと訝しく思ったかもしれません。一方で、ちょっとだけ癒されたのではないかと思います。こういう話が出来るのも受験の時期だからこそではないかと思います。

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