批判的精神も行き過ぎると単なるネガティブになる。

配信日:2015年2月26日

2月26日に発売になる私の新刊『5年以内にコンサルタントとして独立し成功する法(同文館出版)』では私のサラリーマン時代の話がたくさん出来てきます。この本のコンセプトは「将来のコンサルタント希望者がコンサル独立する前に知っておいたほうが良いこと」を紹介するというものです。この執筆依頼を出版社の編集長から頂いたとき、私はどのように書いたものか悩みました。

「こうすべし」と断定的に書くのは簡単ですが、それだと「上から目線」になりかねないし、一方、「コンサルタント開業理論」のようなものでは、よくあるコンサル本同様、味気ないものになります。一体どうしたものか。私が取ったアプローチは「私自身の下積み時代を述べる」というものでした。これであればコンサル独立する前の読者と同じ目線で述べることが出来て、かつ話に味わいが出ます。

「下積み時代」というのは誰にでもあって、この言葉に暗いイメージを連想する人もいることでしょう。しかし実際に私の下積み時代(独立前のサラリーマン時代)を振り返ると、必ずしも暗いものではなく、むしろ色々な意味で「笑うしかないような話」も少なくありません。そのような話を織り交ぜながら、サラリーマンがどのように独立開業するのかを示すことにしました。

この本でも書いた通り、考えてみれば、サラリーマン時代の私は「論理的一貫性」や「データ重視」のあまり、ミーティングやプレゼンなどでも、かなり他者に対して批判的精神を発揮していたと思います。

これは反省の意味を込めて言っているのです。マーケティング担当者として営業ミーティングに出ては、営業マンの至らないところを指摘したり、研究所との開発ミーティングでは開発担当者の凡庸なアイデアや革新性のなさに淡々と嫌味を言ったりしたこともありました。本当に「何にあれほどイラついていたのか」「よくあんなにネガティブに毎日を難しい顔で過ごせたな」と、いまさらながらに呆れます。おそらく、あのままサラリーマンを続けていたら、きっとネガティビティが物質化して病気になっていたでしょう。

当時は自分がネガティビティに侵されているなどとは考えなかったのです。「時にはケンカをすることも必要だ」とか「これはロジカルに正しいのだ」とか「まっとうな批判的精神であって、相手はこのような意見を有り難がるべきだ」とか、まったくもって一方的な理屈で生きていたように思います。

いまになってみると批判的精神も行き過ぎると単なるネガティブに過ぎないことが良く分かります。「時にはケンカも必要だ」などという人には「あなたはケンカが好きなのか?」と問いたいですし、「ロジカルに正しい」などと言う人には「ロジカルな正しさ、ましてや正義は人の数だけあるのだ」と教えてあげたくなります。「まっとうな批判的精神の意見を有り難がるべきだ」など、傲慢そのものではないでしょうか。私がそうだったように、会社のなかにはみんなが一生懸命に良いものを作り上げようと頑張っているところに「水を差す」ような皮肉を言う人はいるものです。そういう人はいつまでたっても孤独で、いつまでたっても誰からも認められないものです。しかし、やがてそんな人も気づくと思います。そして他人を云々する以上に自分の至らなさを認め、あらためた時、本当のこころの平安が訪れるのです。

仕事の成果は批判的であるよりも、楽観的であるほうが出やすいのではないかと思います。私の見る限り、うまく行っている会社ほど楽観的な雰囲気を持っていますし、おそらく間違いないと思います。ですから、私もそんなコンサルティング・セッションをこころがけています。今回の新刊で描いた「下積みの頃の私」に見せてやりたいくらいです。笑

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