
強い共感を引き出すブランド戦略
配信日:2025年6月25日
いま、ブランド戦略において最も注目すべきキーワードのひとつが「共感」です。機能の差や価格の違いだけでは選ばれにくくなった時代、生活者がブランドを選ぶ理由は、どこかで「このブランドは自分に寄り添ってくれている」と感じることができるかどうか。その“感じ方”をつくり出すのが、ブランドにおけるストーリーテリングの力です。
単に感動を与えるのではなく、「ああ、これは自分の話だ」と感じてもらえること。そこに“強い共感”が生まれます。
トヨタ「父と娘」ムービーが示した共感の本質
ブランドストーリーテリングの優れた実例として、トヨタのブランドムービーをご紹介しましょう。
この映像は、娘と父のささやかな日常から始まり、娘の成長、反抗期、そして自立と結婚までの物語が、それぞれの視点から静かに描かれています。セリフはほとんどなく、表情や視線、しぐさ、音楽のトーンで構成されたこのムービーは、多くの人の心を強く揺さぶりました。
なぜこれほどまでに共感を集めたのか
その理由は、「誰かの話」ではなく、「自分の話」に感じられる構造にあります。つまり「自己投影」を可能にする物語だったからです。娘を持つ人にとっては「まさに自分の人生」だったかもしれませんし、娘側にとっても、思い出すと泣けてくるような感情が重なります。
SNSには「うちの父もこんな感じだった」「娘の結婚式を思い出して泣いた」という声が多数寄せられ、数百万回再生される動画として、ただのCMを越えた“心の体験”になりました。
このとき、トヨタというブランドは「製品」ではなく「感情の器」として、人々の記憶と結びついたのです。
共感ストーリーの構造とは
トヨタのムービーには、共感を呼ぶためのストーリー構造がしっかりと仕組まれていました。
- 1.普遍的テーマ×個人的関係性
- 「父と娘」「成長と別れ」「不器用な愛」といった、誰もが経験したことのあるテーマを選びながら、特定の人物像に落とし込んでいます。
- 2.感情を波立たせる3幕構成
- 「出会い」「すれ違い」「理解と再会」という感情の流れが、物語に深みと余韻を与えています。
- 3.非言語の演出
- セリフではなく「目の表情」や「手の動き」など、言葉にしづらい感情を丁寧にすくい上げていました。これによって視聴者が自分自身の体験を重ねやすくなります。
- 4.余白のある語り
- すべてを説明しないことで、視聴者が自ら感情を補完し、「これは私の物語だ」と感じる余地を残しています。
- 5.ブランドが前に出すぎない
- トヨタというブランドは直接語りません。けれど、車が「家族の記憶をつなぐ存在」として物語の中心にそっと佇んでいます。
ブランドが人生の一部になる瞬間
トヨタの主なユーザー層は40〜60代の男性です。家庭では父としての責任を果たし、外では真面目に働く。そんな語られにくい感情をこのムービーは代弁しました。つまりブランドが、製品のスペックや利便性ではなく、「その人の人生そのもの」と結びついたとき、真の共感が生まれやすくなるようです。
実務に使える、ストーリーデザインの視点
この事例から学べる、ブランド側の実務的な問いをいくつか挙げておきます。
- この商品は、どんな人生の一場面とつながれるか?
- ユーザーの“語られていない気持ち”を代弁できるか?
- 説明ではなく、感情の記憶に残っているか?
- ブランドは主張しすぎていないか?
共感とは「自分の人生と重なる」感覚
共感とは、単に「わかる」という理解ではありません。それは「自分の人生と重なる」感覚です。ブランドがその「重なり」を生み出せたとき、商品や広告は「物」ではなく「物語」として残っていきます。
たいていの人は、自分の気持ちをうまく言えない。でもブランドがそれを代わりに語ってくれたとき、「そうそう、そういうことだよ」となります。更には「これは私のことだ。私もこんな経験をした」と感じてもらえたら、ブランドは単なる商品でなく「人生のひとコマ」になるでしょう