撤退をためらう心理
配信日:2022年6月8日
ウクライナ情勢を見ていると「戦争は始めるのはカンタンだけれど終わらせるのは難しい」と学ばされます。どちらかが負けを認めてしまうとそこに莫大なコストが発生する。ウクライナの場合は領土割譲や、最悪、ネーション・ステート(国民国家)の消滅。ロシアの場合は戦争の賠償責任と世界での孤立・衰退でしょう。その痛みがあまりにも大きいので止めることが出来ない。同じロシアとの戦争でも日露戦争の時はある程度、日本側は「やめ時」を想定していたと思います。セオドア・ルーズベルト大統領とハーバードで同窓生だった金子堅太郎が、外相の小村寿太郎より全権を受けて、ルーズベルトに終戦調停に入ってもらうように水面下で動いていました。そして日本海海戦で日本が局所優位に立ったタイミングで講和条約(ポーツマス条約)を結びました。
今回の「終われない状況」は「コンコルド効果」も思い出させます。コンコルドは非常に独特な機体デザインの超音速旅客機です。しかし、その革新性があだとなって開発にカネが掛かるのに、なかなか投資回収が進まないプロジェクトでした。このままいったらもっと費用がかかる。しかし過去の投資があまりにも莫大で「損切が出来ない」ことをコンコルド効果と言います。コンコルドは魅力的な旅客機であったものの、非常に高価な搭乗料金で搭乗率は常に20%以下。しかも2000年にシャルルドゴール空港で墜落炎上事故を起こし117人の死者を出した上、2001年のアメリカ同時多発テロによって航空需要全体が低迷。ようやく事業の撤退を決定しました。
マーケティングではやめ時を見越して事業を始めることはあまりないと思います。しかし成り行きを見るうちに中止を検討することは多々ある。そんな時にコンコルド効果が働いて止められないことも少なくないものです。ここが更に損を出すかどうかの分かれ道。スパッとやめる会社は、まず製品ブランド別のPL(損益計算)をしっかり見ていて損益分岐点がマイナスに割り込んだ時に決定をくだす。(この製品別PLがある会社は意外と少ない印象です。たいていは複数の製品を丸めてPL右下の利益を見ている。)あるいはカテゴリーそのものが衰退期を迎えた時に撤退を検討します。最近、終売を発表したiPodは記憶に新しい事例ですね。ただ、レコード針のように競合がすべて撤退した後の「残存者利益」を狙うこともありますから、やはりPLが重要でしょう。言えることは「止めるのであれば埋没コストなど考えず、一刻も早く止めたほうが傷は浅い」ということでしょう。このスパッと止められるのは一種の能力だと思います。儲からなければさっさと退いて、別の仕事に乗り換える。この迅速さは大きな武器だと思います。