本当に「戦略らしい戦略」とは何か
配信日:2019年8月28日
戦略の難しさというのは「社内の説得」も含めてのものだと思います。大体、優れた戦略というものは常識的には理解されない(支持されない)ことが多いのではないか。昔、シャンパンのブランド・マネージャーをやっていた時のこと。「パイパーエドシック」という僕の担当ブランドは全くもって無名同然のブランドでした。クリスマスシーズンになると、消費者や顧客はモエやドンペリ、ヴーヴクリュコやポメリーといった有名なブランドを買いたがるものの、僕のブランドには「目もくれず」という状況でした。
当時、営業からは「もっと認知度を上げる活動をしてくれ」「もっとバーやレストランをサポートするPOSM(Point of sales materials:販促品)を用意してくれ」と、いろんな要望をもらっていたけれど、売上がないのだから当然、使えるA&P(マーケティング費用)もなく、営業を十分にサポートなど出来るものではありませんでした。
一方、僕が考えたのは「シャンパン市場では既に決着がついていて、いまさらトップブランドの一角に食い込むのは難しい」ということ。そこでレギュラーボトルの販促などすべて止めて、「代わりにエアラインサイズにフォーカスする」という戦略を打ち出しました。エアラインサイズというのは200mlのミニ・ボトルに入ったシャンパンです。ビジネスクラスに乗ると出てくるエアライン用のサイズだったので、そう呼びます。
「エアラインサイズだって?」当時、社内ではこれを理解できるのは、ほとんどいなかった。当たり前です。「そうじゃなくて、レギュラーサイズをどう売るかを考えるのがお前の仕事だ」と言われました。しかし僕には考えがありました。「別に飛行機での売上をもっと上げようなんて思っていない。この200mlというかわいらしいボトルと買いやすい値段を持ってして、街のカフェやバールでシャンパンをもっと売るのだ」というのが戦略だった。
僕はこのエアラインサイズに「ベビーシャンパン」というカテゴリー名をつけて売り出しました。結果は、ものすごく売れたのです。そしてパイパーエドシックというブランドは「ピパリーノ(パイパーにイタリアの女の子っぽい響きを付けたニックネーム)」と呼び名を変えて、若い女性のちょっとしたトレンドになりました。彼女たちはシャンパンが大好きだけれど、高価なうえに特別感のある酒なのでなかなか手が出せずにいました。それが飲み切りやすいサイズと価格で登場したので飛びついてくれたのです。我がパイパーエドシックはシャンパン全体ではしょぼかったけれど、ベビーシャンパン市場ではトップ・ブランドになりました。
僕が思うに、「本当に良い戦略というのは、一見、ばかばかしいように見える」という特徴を持っているように思います。それは社内だけでなく競合にとっても同じ。理解できないというか、あまりに常識に反しているので「誰も相手にしない」。または「痛いことをやってるよ、あのブランド」と映るようです。しかしここが本当は「戦略らしい戦略」たる理由です。他人からみて「なるほど、そういうことか」と一発で理解されたり、または「当然、そういう行動を取るよな」と予測されてしまうようでは、やがてすぐに真似される。戦略とは社内や競合の意表を突いて、無視されるか、少なくとも「真似したくない(模倣動機がない)」と思わせられるようなものが優れたものだと思います。ましてやパイパーエドシックのように認知もなくシェアも小さい、下位ブランドなら尚更なのです。